涙は常に脚下にあり

人生において、「牛丼」のポジションってなんだろう。関係ないと言えるだろうか。「庭師」は、君にとって何なんだろう。
フレーム上

夢中で走る彼とよく冷えたビール

私は前から、素肌がそれほど丈夫でなく、気を付けないとかぶれてしまう。
それに、ボディーソープの肌にこびりつくタイプが気に入らない。
でも、冬はもちろんぱりぱりになるので、添加物の少ない化粧水を愛用している。
この品の残念な点は、値段が非常に高すぎるところだ。

勢いで熱弁する兄弟と濡れたTシャツ
だいたいは、至って大人しめのコーディネイトで出歩く私は、かなり驚かれるけれど。
下着や靴や飾り物まで揃い、全部使用したいと思えば破産しそうだ。
なんとしても、ファッションは魅力的だ。

雪の降る祝日の早朝にビールを

憧れのウォッカの国、ロシアに、絶対行ってみたいと思っている。
英語の勉強に行き詰った時、ロシア語を少しだけ学んでみようかと思い立ったことがある。
結局、立ち読みしたロシア語の初歩的な参考書をみて速攻で英語にもどった。
動詞の活用形態が生半可ではないほどややこしかったのと、私ができない巻き舌だ。
観光目的でウォッカとオリビエを目標にいけたらいいなと思う。

気どりながら話す弟とアスファルトの匂い
オフィスで着用するスーツスカートを購入しに向かった。
コムサ等フォーマルなところも良いけれど、天神コアも悪くないと思う。
20代くらいの元気な女性服のファッションビルで、ラインが強調される製品が多いのが特徴。
価格はテナントによって差があるのはもちろんだが、ほとんどが安価。
そこで、製品を探していたが、小さめの物が多く売られていた。
着た感じも、ちょっとは都会的に見える気もする。
良いスーツ選びができて、とっても満足感があった。

どしゃ降りの水曜の朝は足を伸ばして

去年の夏、私は友達と、横浜から高速道路を使って、サザンビーチに行った。
それは、私の一眼レフで風景を撮影するためだったけれど、なかなかうまく撮ることができない。
海岸は久々だったから、そのうち靴を脱いで海に入りはじめた。
しだいに飽きてしまい、砂で棒崩しをしはじめた。
それ位までは、おそらく近くにあった黒い一眼。
めいっぱい過ごして、帰り道の中、ガソリンスタンドでデジタル一眼がケースごとない事にびっくりした。
仕方なく部屋まで帰るも、少しの間、最高に切なくなった記憶がある。
多くの思い出が入っていたお気に入りの一眼、現在はどの場所にあるんだろう?

気どりながらダンスするあいつと僕
去年の夏の真っただ中、冷房の効いた部屋の中で氷たくさんの飲み物だけ摂取していた。
私は外に出ると熱中症にかかっていたので、水分を取り入れることが必要だと考えたから。
冷えた部屋の中で、キャミソール、その上アイスティーにハーゲンダッツとか。
だから、健康だと感じていた暑さ対策。
すると、寒くなって、いつもよりかなり冷えを感じることが多かった。
部屋の外に出る業務が多かったこともあるが、寒くて買い物にすら出れないという事態。
なので、おそらく、暑い時期の過ごし方は真冬の体調管理にもつながると思っている。
必要な栄養を取り、バランスの良い生活を送るのがベストだと思う。

余裕でお喋りする君と俺

明日香は、専門学校に入って一番に親しくなった友達だ。
彼女の良い所は、受け入れの幅が広くて、細かい事はどうでもいいという寛大さ。
私から友達になってと言ったそうだが、覚えていない。
一緒に出掛けると、すべて単純化されるので、とても心が軽くなる。
引き締まっていてスレンダーなのに深夜にハンバーガーを食べに行ったりするという。

雲の無い土曜の夕方は冷酒を
かつて、両親は、娘の私の対人関係に対ししつこく積極性を強いてきた。
一般より外れてはいけない、など。
とても生きづらい時期だったと考える。
学校が終わると、日課のように、偽りの自分をハキハキと母に話す。
これで、喜んでくれるのだ。
ちょっとでも外れると、変わり者。
そんなことだけ考えていた昔の私とお父さんとお母さん。
可哀そうな過去だと今は思う。

陽気にお喋りする妹と暑い日差し

どういうわけか生地は高い。
娘が幼稚園に行くので、本入れやボール入れが不可欠とはいえ、けっこう生地が価格が高かった。
目立って、固有のキャラクターものの縫物用の布なんて、すごく高い。
キティーちゃんやアンパンマンの生地がとっても高い。
使用するサイズのかばんがわりのものをどこかで購入するのが早いし、お手軽だけれど、田舎なので、皆、お手製だし、周りに販売していない。

暑い祝日の深夜は窓から
山梨県甲府市はフルーツ王国と言われているほど果物栽培が行われている。
日本では珍しい内陸国で八ヶ岳などの山々に囲まれている。
それにより、漁もできなければ稲作もあまり盛んではない。
なので、甲斐を仕切っていたあの柳沢吉保がフルーツ生産を提案したのだ。
江戸よりも名産が欲しかったんだと思う。
盆地の水はけの良さと、山国ならではの昼夜の寒暖の差が、立派な果物を生産する。


フレーム下 class=

サイトコンテンツ


Copyright (C) 2015 涙は常に脚下にあり All Rights Reserved.

ページの先頭へ